3.施主施工で壁が波打つ…


かつてない猛暑となった2010年の夏、私たちは週末ごとに建築中の我が家の壁を塗ったり床を塗ったりしていた。連日気温が35度に迫ったけれど、電気が通っていない建築現場だから、もちろんクーラーなんて無い。網戸がまだ付いていないので、開け放した窓からは蚊がどんどん入ってくる。

そんな中、脚立を上ったり下りたりして、時には床に這いつくばって、刷毛やコテで家中を塗りあげた。むき出しの木肌に塗料で着色し、壁の下地材をまっしろな壁材で覆っていく。今日は、ここまで。明日は、ここをやろう。汗だくになりながらも窓枠や戸板や床や壁を仕上げていくのは、何と楽しかったことか!

もともとは、家の建築にかかる費用が、少しでも節約されるならと思いついたことだった。プロフェッショナルに頼めば仕上げはきれいだけれどお金がかかる。自分たちでやれば、その分浮くでしょう?

我が家の建築を任せた工務店のM社長が、そんな私たちに協力的だったのがよかった。工務店には数社の候補があったけれど、建築費用のコストダウンの方法として、施主施工に協力すると言ってくれたのは、M社長だけだった。他のところは「結局は自分たちの仕事の手間が増えるだけ」と言わんばかりだった。

それだけが理由ではなかったけれども、家の建て替えはM工務店にお願いすることにし、2010年の春から家の建て替え作業は始まった。
古い家を取り壊し、家の基礎を作り、柱を立て、屋根をつけ、壁に板を打ち付けるのに4カ月かかった。
そして8月の半ばから、いよいよ内装の開始だ。約束の土曜日の朝、私たちは現場に集合した。M社長が先生で、生徒はGと私だ。先生は素人にも使いやすい道具を各種揃えて、手取り足とり塗装の方法を教えてくれた。

Gは料理はよくするけれども、日曜大工はさっぱりだ。私は刷毛を使うと言えば、たまに自分の髪を染めるくらいで、それもいつもおでこにはみ出てしまう。経験ゼロの私たちにとって、M社長が用意してくれた大小様々の刷毛や、塗料を入れる下げ缶や、はみ出さないように養生するマスカーテープなど、何もかもが初めて見るものだ。名前からして、なんて面白いのかしら。

M社長の刷毛は、すごく使いやすかった。私たちがドン・キホーテで買っていった安いのはからきしダメだった。塗料の吸い込みと伸びが違うのだ。右から左へ、上から下へのひと刷毛で、すーっと塗料を伸ばすのは、とても気持ちがいい。このプロ仕様の刷毛で、どんどん塗りあげていく。建坪9坪の家なのに、塗る場所はけっこうある。なぜか23か所もある窓の窓枠、脚立を上がったり下りたりして塗るドア枠、合計57平米のフローリング、28段ある階段だ。刷毛を動かすごとに、家の中がだんだん色づいていく。まるで大きなぬり絵を塗っているようだった。

しかし、コテ作業は難関だった。コテが思ったように動いてくれない。その前に、コテに壁材を盛ることができない。何とか壁にコテで壁材を押しつけても、今度はきれいに伸びない。こっちを伸ばせばあっちがハゲる。ぶざまに下地が出てきてしまう。壁につくコテ模様も、よれよれのぐずぐずだ。こんな壁では家が台無しになってしまうよ…。

壁塗りの先生は、現場監督のEさんだ。カントクは道具には詳しいけど、「壁塗りのコテ作業はやったことがない」という。「いつもは左官さんの仕事を見ているだけだからね」だって。現場監督だから当たり前だ。

なのに、ものすごくコテ使いが上手なのだ。私が塗ったでこぼこの壁を、カントクがすーとなでると、魔法のように隅までぴったりときれいになるのだ。持って生まれたものの違いだろうか。カントクはお父さんもお兄さんも大工さんなんだそうだ。とても、うらやましかった。

とにかく壁を壁材で覆わないと、建築完了検査に通らない。欠陥住宅問題で日本中を揺るがせたアネハ事件以降、建築確認の審査が厳しくなったのだ。
だからコテ作業を途中でほっぽり出すわけにはいかない。何とか下地が隠れればいいのだ!  
開き直ってコテをやみくもに振り回しているうちに、だんだん塗れるようになってきた。ギギギという感じだったコテの動きも、「すーーー」とは言わないけれど、「す」くらいにはなった。なった頃に、全部の壁を塗り終わってしまった。もっとやりたいのに。

コテ作業が上手にできないことは十分予想されたので、実はお客さんも通るリビングの壁は、プロの左官さんにお願いしていた。私たちが塗ったのは、寝室と押入れの中だけだけど、差は歴然だ。ぴったりと美しい壁のリビングから上階の寝室に上がると、壁が渦巻いていて、まるで別の世界だ。階段を上がっただけなのに、違う家に来たような気分になる。

こちらはプロの左官のKさん
寝室の壁が渦巻く家になってしまったけれど、家づくりの作業に参加できて本当に良かったと思っている。フリーランスの私は、平日の仕事の合間にも時間を作ってはせっせと壁塗りに通った。家作りの現場の雰囲気に触れるのが、すごく楽しかったのだ。

建築中の現場には、大工さん、左官さん、建具屋さん、電気工事の人など、色々な人が出入りして、自分の持ち分をこなして帰っていく。それをM社長と現場監督が差配する。みんなのてきぱきした仕事ぶりを感じながら、私はもくもくと壁を塗る。時々左官さんが見に来て、笑いながらアドバイスしてくれる。うちに大勢の親戚が来ていて、わさわさうきうきする。そんな気持ちだった。
建具のTさん

9月下旬にみんながすべての作業を終えて、我が家は無事に建築完了検査に合格した。とたんに、大勢の人たちが出入りしていたゲンバが、シーンとしたただの空き家になってしまった。完成は嬉しいけれど、さみしくもある。塗る場所がもう無いなんて、本当に残念だ。


塗り作業に役立ったモノ

ドイツ製のリボス自然塗料。塗っている間も、後も、いい匂い。着色できるカルデッド、透明のアルドボス、防水性の高いクノスなど塗る場所によって使い分けた。
床に塗料を塗る刷毛は、このナミナミマークのINNOVAの70ミリタイプ
がよかった。刷毛をつけておく薄め液もあると便利。あとは、拭き取り用に大量のウエスが必要ね。

そして、背中に小さな扇風機が二つ付いている驚きのシャツ「空調服」だ。これが無ければ、記録的な猛暑の中、慣れない塗り作業はこなせなかったと思う。
大工さんや左官さんや建具士さんなどなど、色々な人がこの空調服に目をとめて、おもしろがってくれたけど、自分も着てみようと言い出すプロフェッショナルはいなかったな。彼らは彼らなりの暑さ対策法をもうすでに身につけているからだろうか。それとも暑い中での作業に慣れているのかな。